ピアノ? それは箏だった
 小林千恵子さんが箏を始めたのは小学校2年生の時でした。ピアノを習うはずが、なぜか近所のお師匠さんのもとに連れて行かれたことがきっかけでした。
 中学・高校と部活動(テニス部)をやりながら箏の稽古も続けて、17歳で山田流筝曲の名取になりました。そんな小林さんに大きな影響を与えた人物は、生田流筝曲家、故沢井忠夫氏でした。自ら作曲した「上弦の曲」を演奏される舞台を観て心から感動し、奥深い邦楽の世界にのめりこんでしまいました。 

人との出会いが方向性を導く
 NHK邦楽技能者育成会第46期を卒業後、あるきっかけで小林さんは『日本音楽集団』の団員でもある箏曲家、宮越圭子氏を紹介され、師事することになりました。
 各地で演奏する機会も多くなり、多忙な日々を送ることになりましたが、それがまた小林さんを新たな方向へ導いてくれました。
 現在は、仕事を抱えながら『NPO法人邦楽指導者ネットワーク21』八王子支部の代表として、全国から集まる演奏家のための講習会の企画・運営担当者となり、また、学校や大学に赴き箏演奏の指導をする機会も増えてきました。とくに、小学校での指導は「伝統文化を伝えたい」、「次世代の人材育成に関わりたい」とポジティブに活動を続けています。八王子三曲連盟の会員にもなりました。

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一生懸命やれば、あとから結果はついてくる
 これは彼女の信条です。そして地元八王子で箏曲家として社会貢献するための礎となっています。小林さん自身で箏演奏すること以外に、将来は子どもたちを中心とした演奏会の企画も考えています。
 ま
た、和楽器演奏家と他の芸術団体とコラボしての舞台演出も想い描いています。
 箏をとおして地元八王子に貢献したい。小林さんには『あきらめ』の言葉はありません。

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【取材:20142月11日/文・写真:鈴木雅治】